キャッシング審査の個人信用情報機関の成り立ち

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キャッシング審査の個人信用情報機関の成り立ち

金融機関からお金を借りる場合、申し込みをすれば誰でもお金が借りられるというわけではありません。お金を借りる側に返済意欲があり、なおかつ毎月返済することができるかを見極めています。これは、金融機関の中でも借入がしやすいとされるキャッシングでも行われています。

 

キャッシングだけではなく銀行のカードローンでも同様ですが、依頼者の返済能力を見極めるために「個人信用情報」というものを利用します。特に、この信用情報を重要視しているのがキャッシングです。

 

そこで今回は、キャッシングの審査で利用される個人信用情報について、その信用情報機関の概要と成り立ちを詳しくご紹介していきます。成り立ちを追っていくことで、審査はどのように行われているかを知ることができます。

 

昔は「人間的に」審査していた

個人信用情報機関の歴史は古く、江戸時代にはその原形が存在していました。江戸時代の大名たちは、自分の藩を拡大させ運営するために、両替商から借金をしていました。両替商は、現在の銀行のような存在であり、この時代には既に現代のような金貸しの構図ができていたことになります。

 

しかし、今と違うのは大名の方が両替商よりも権力が強かったため、返済が難しくなると支払期限を勝手に伸ばしたりと、自分達に都合の良い契約内容に変更してしまったのです。そのため、経営が成り立たなくなりつぶれてしまった両替商が数多くあったといわれています。

 

そこで、両替商たちはこれ以上大名たちの勝手にさせてはいけないと、お互いの持つ顧客情報を共有することにしたのです。

 

これが個人信用情報機関のはじまりとされています。

 

戦後になると日本は急激な経済成長を見せますが、当時の金貸しの審査は、客の返済能力ではなく人間的に審査していました。戦後は物不足であったため、質屋が盛んでした。質屋では、富裕層からどんどんと質草を預かり、それをもとにお金を貸していたのです。

 

高度成長期に入ると、サラリーマン金融(サラ金)と呼ばれる貸金業が登場します。

 

これが、現在のキャッシングサービスを行う消費者金融の原形です。

 

高度成長期のサラリーマンは、右肩上がりの将来が約束されていました。特に大企業に勤めるサラリーマンとなると給料も高く、終身雇用も確実視されていました。この時代のサラリーマン金融は、ステータスの高さを象徴するものとなっていました。そのため、多くのサラリーマンがキャッシングを利用していました。

 

貸金業が人間的に審査し続けた結果、多くの利用者があちこちの金融業者からキャッシングする「借り回り」が増加するようになりました。そこで、貸金業者同士が、問題がある利用者のキャッシング情報を交換するようになり、リスクがあると考えられるキャッシング利用者を排除しようとしたのです。

 

高度成長期に入ると、経済が拡大し都市化が進み新しい時代が幕を開けました。

 

そうなると、今までのような「人間的に審査」するのではなく、きちんとした機関で管理することが求められるようになりました。そして1965年に、国で初めて「割賦制度協議会信用情報交換所」と呼ばれる機関が設立されたのです。

 

この時代のキャッシングの信用調査は、貸金業ごとに設定された独自方法であったため効率が非常に悪く、また審査に掛かる費用に制限があり、決して十分とは言えなかったのです。このような背景と、高度経済成長による社会の発展により、より徹底した管理のもとで効率の良いキャッシング審査が必要となったのです。

 

この信用情報交換所が設立されたことで、キャッシング利用者の信用情報が、貸金業共通の情報として効率良く管理されるようになり審査もしやすくなりました。

 

当初は「紙カード」で管理

1970年代になると、小規模の個人信用情報機関が誕生し始めます。消費者金融業界における初の機関は、1972年に大阪で設立されました。その3年後の1975年には東京にも設立されています。この2つの機関が、この時代の2大キャッシング信用情報機関となっていきました。

 

1976年になると、現在のJICC(日本信用情報機構)のさきがけとなる「全国信用情報交換所連絡協議会(全情連)」が設立されました。

 

全情連は、小規模の10機関が寄り集まって形成された組織で、その後もいくつかの機関と統合を繰り返し、」その規模を拡大していきました。

 

第1段階では、名称を「全国信用情報交換所連絡協議会」から「全国信用情報センター連合会(全情連)」と変更しました。

 

第2段階では、クレジットカードや銀行系のキャッシング情報の一部を統合し、名称を「全国信用情報センター連合会」から「JIC(テラネット)」と変更しました。

 

第3段階では、外資系のキャッシングやクレジットカード系の信用情報機関が集まった組織であるCCBと統合し、「JICC(日本信用情報機構)」になりました。現在の消費者金融との関わりが最も強いのが、このJICCです。

 

個人信用情報機関が発足した当初は、現在のように情報処理技術が進歩していなかったため、多くの人手を使った完全アナログ管理となっていました。

 

例えば、

  1. 全てのキャッシング信用情報は「紙カード」による手書きでの管理、
  2. 膨大な紙カードは、ファイルに五十音順の生年月日順にまとめられていた、
  3. 消費者金融からの照会依頼は全て電話でのやり取り、
  4. 照会依頼がきたら電話を受けた人物が対象カードを探してその内容を読み上げる、

といった方法で行われていました。

 

消費者金融との電話やり取りでは、キャッシング利用者が消費者金融を利用した際には、電話にてその旨が伝えられます。信用情報機関側は、電話で受けた内容を手書きでメモし、それを紙カードへ記入します。

 

記入し終わったら、その紙カードを五十音順・生年月日順にファイリングします。この一連の流れを、客が消費者金融を利用するたびに行わなければならなかったため、信用情報機関・消費者金融のどちらの担当者にも大きな負担となっていました。

 

1つの依頼に対して1人以上の人材が必要となったことから、発足当初の個人信用情報機関には、多くのスタッフ配置していたといわれています。特に大手信用情報機関となると、その人数は常時100人〜200人程の人材を常駐させ、交代で勤務を行っていました。

 

このような完全アナログ方式では、統合して情報数も膨大になったことで非常に手間と時間がかかっていました。また、人間の手による管理方法の場合、信用情報に漏れやミスなどが起こることもあり、その確実性にも不安がありました。

 

情報の内容もルールがなかった

個人信用情報機関の発足当初のアナログ方式において、紙カードへの記入に一定のルールはありませんでした。そのため、複数の金融業者からキャッシングしていた利用者の情報は、同一人物であっても消費者金融業者ごとに微妙に異なっていました。

 

紙カードに記載された信用情報の内容は、主に借入日・借入金額・返済予定日などの情報でした。

 

しかし、消費者金融から得られる情報は電話でしかなかったため、信用情報機関の担当者は、小さな情報も逃すまいと特に必要のない情報も全てメモしました。

 

メモした内容の中には、キャッシング利用者の見た目や容姿、応対時の印象など、返済能力の有無を判断するには必要のない情報もたくさんありました。

 

紙カードによるアナログ管理には、手間が掛かりとても面倒なうえ、見た目や印象なども記載されていたことからプライバシーの面でも問題がありました。

 

キャッシング利用者の見た目や容姿に関する内容には、「返済態度悪し」・「人相悪し」・「メガネ着用」などといったことまでが記載されていました。

 

こうした内容を、審査基準として利用しそれが原因でキャッシング利用者が借入れしにくくなったとすると、これは返済能力の有無の判断以外で審査されたことになり、「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約の侵害」に該当することになります。

 

経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」とは、日本では「社会権規約」と略称されている規約のことで、社会権(社会を生きていくうえで人間が人間らしく生きるための権利で、基本的人権の一つ)を中心とする、人権の国際的保障に関する多国間条約です。

 

この国際規約において、特に見た目などの身体的特徴から判断することは、差別行為に該当する可能性が高く人権侵害になる場合もあることから、キャッシング利用者の印象や身体的特徴などは、信用情報として記載しないというルールが設けられることとなったのです。

 

現在では当たり前のことですが、当時は信用情報の内容に関して一切のルールがなかったため、一定の基準を設けたのです。

 

当時、サラリーマン金融はステータスの高さの象徴であったことから、多くのサラリーマンがキャッシングを利用していました。そのため、消費者金融の数も増加し、それに比例するように信用情報機関も規模を大きくしていきました。

 

大規模機関になると、その時代の最先端技術を導入できたことから、信用情報の管理体制や審査基準内容も、より現代の水準にまで近づいてくるようになりました。

 

こうしてキャッシング業界の個人信用情報機関は、高い水準のシステムを構築していき、利用者のプライバシーにも配慮するようになったのです。

 

日本のプライバシー管理の先駆けとなった

キャッシング業界の個人信用情報機関は、その時代の最先端システムを導入したことで、キャッシング利用者のプライバシー管理の面でも進化していくこととなり、日本のプライバシー管理の先駆け的存在になりました。

 

日本の顧客情報のプライバシー管理において、先駆け的存在になれた理由は2つあります。

 

1つは、キャッシングは借金をすることであり他人には知られたくない情報なため、徹底管理のもと情報漏えいを防止したことです。

 

もう1つは、キャッシング業界の悪い印象を払拭して社会的信用を得るため、情報管理を厳重にすることに努めたことです。

 

1977年にサラ金に対して最初のバッシングが起こります。いわゆる「クレサラ問題」と呼ばれるものです。

 

クレサラ問題とは、クレジットカード会社やサラリーマン金融、信用保証会社などによる多重債務や無理な取り立て、高金利、過払い金返還を巡るトラブル、違法業者の増加などの問題の総称で、1982年には日本で初となる「全国クレジット・サラ金被害者連絡協議会」が結成されました。

 

全国クレジット・サラ金被害者連絡協議会とは、1981年に東京・大阪・尼崎・広島・鹿児島の5つの地域の被害者の会が、違法なサラ金によるキャッシング被害をなくすため、「第1回全国サラ金被害者交流会」を開催し、これがきっかけとなり被害者連絡協議会が結成されました。

 

1970年代には、全国各地でキャッシング被害者が増加しており、新聞会社を中心としてマスコミによるサラ金バッシングが広がりを見せていました。

 

しかし、こうした違法行為を行っていたのは違法なサラ金業者であり、法律の範囲内で営業していた消費者金融も多くありました。このような誠実な金融業者が営業を続けていくためには、全国に広まってしまった「キャッシング業界への悪いイメージ」を払拭する必要があったのです。

 

そこで、全情連(全国信用情報センター連合会)は、1981年にブライバシー保護に関する要綱を盛り込んだ「倫理綱領」を定めました。この倫理綱領は、全部で21箇条にわたる規定から成り立っているものです。

 

プライバシー保護に関する規定では、当時プライバシー権に精通した一橋大学の名誉教授に監修を依頼しています。

教授は、OECD(経済協力開発機構)が提唱した「プライバシー保護の8原則」を参考に、倫理綱領を作成していきました

 

OECDとは、加盟している国が安定した財政金融を維持することができ、またできるだけ高水準の経済成長、雇用、生活が行えるために貢献する世界的組織です。

 

この倫理綱領を定めたことにより、キャッシング業界の個人信用情報機関は日本の民間組織の中で、最も早く高水準のプライバシー保護体制を整えると共に、社会的イメージの改善も果たしたのです。

 

「貸金業規制法」で、公式に認められる

1983年には「貸金業の規制等に関する法律(貸金業規制法)」が制定されたことを受け、個人信用情報機関が正式に国に認められることになりました。

 

貸金業の規制等に関する法律は、貸金業者に認可登録制度を実施し、適正な業務・運営を確保して国民経済の適切な運営に努めることを目的としています。個人信用情報機関に関する規制は、第30条に初めて記載されました。

 

その後平成15年には、ヤミ金などの悪質消費者金融を取り締まることを目的に通称「ヤミ金融対策法」が施行されました。

 

また、平成18年には、貸金業の規制等に関する法律の一部を改正し、名称も「貸金業法」に変更しました。

 

貸金業法では、キャッシング業界の適正化を強化するため、様々な内容が改正・追加されました。

 

その中には「指定信用情報機関制度の創設」も盛り込まれています。

 

指定信用情報機関制度では、キャッシング業界と関わりが深いJICC(日本信用情報機構)が指定されました。こうして国に認められるようになったのは、プライバシー保護を目的とした信用情報の漏洩防止対策が認められたことが大きいのです。

 

 

ヤミ金などの違法消費者金融業者は、これまで時代の流れと共に消えては、また名称を変えるなどして現れてきました。そのため、貸金業法もその時代に適した法律を目指して何度も改正されてきました。


 

法改正後は、5段階のステップを踏んで順次法律が改正されてきました。

第3次施行では、法律の名称が「貸金業法」へと変更されると共に、消費者金融業者の登録要件を強化し、監督庁の監督基準を強化するなどが行われました。

 

指定信用情報機関制度の創設においては第4次施行時に行われました。それと共に、貸金業務取扱主任者の資格制度を創設し、貸金業取扱主任者を国家資格としました。

 

この貸金業取扱主任者の資格制度は継続しており、資格を取得するためには「日本貸金業協会」などが主催する研修を受ける共に、認定試験に合格しなければなりません。

 

この資格は、制定当初は民間資格となっていましたが、法改正後には国家資格となりました。そして第5次施行では、貸金業を営む場合には、必ず貸金業取扱主任者を設置することになっています。

 

 

 

現在はインターネットが普及したことで、キャッシングやカードローンの申し込みもインターネットで行え、即時審査が可能となりました。そのため、キャッシングがより身近な存在となりつつあります。

 

しかし、そこには適正な審査を行う個人信用情報機関が存在し、スピーディかつ正確な信用情報を提供することができていることも、即時審査などが可能となった一つの要因でもあります。現在のような信頼度の高い機関に成長するまでには、このような歴史背景があったのです。


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